駅のすぐそばに商店街があると気づいたのは先週のことだった。大学の新歓やオリエンテーションで毎日慌ただしく、ひとり暮らしを始めたら自炊しようと張り切っていたのに、それもできていなかった。

 
大学からの帰り、商店街をひとりで歩いてみる。私の育った島にも小さな商店街があったけれど、昔なじみの八百屋や洋裁屋、居酒屋が並ぶようなこぢんまりとした場所だったから、東京の商店街の活気には驚かされた。
もちろん、時々はシャッターの下りている店もあるけれど、惣菜や洋菓子、雑貨などを売る多くの店は現役で、平日だというのに通りはガヤガヤと賑わっていた。

 
営業の電話をかけながら早足で歩くサラリーマンや、ご近所さんと立ち話をする主婦、人通りの多さを確かめに店先に出てきた個人商店の店主。行き交う老若男女が競うように大きな声で話しているのを見ていると、なんだか気の遠くなるような思いがする。

 
 


少し前、タダでごはん食べようよ、とできたばかりの大学の友人に誘われて、いくつかのサークルの新歓に潜り込んだ。新入生の多くは東京出身ではなかったけれど、島出身の人間はどうやら私だけのようだった。

 
自己紹介の順番が回ってきたときに、「神社だらけの島で育ちました」と言ったら笑いをとれた。酔った上級生たちが「じゃあ霊感とかあるの」としつこく絡むので、「全然ないですよ」と答え、彼らに合わせて少しだけ口角を上げたのだった。

 
 

買い物袋を下げて、新しい部屋までの道を歩く。年末、親が心配して内見までついてきたアパートは、狭いけれどセキュリティのそれなりにしっかりした、いい家だった。公園が近いので、時折アパートの前で子どもを遊ばせる若い母親に出くわすことがあったが、どの人も感じよく、こんにちは、と挨拶をしてくれた。

 
「東京の人、ちゃんと挨拶してくれるよ」
引っ越してきたばかりのころ、嬉しくて思わず実家に電話したことがある。母は「あらあ」と、安心したのだか馬鹿にしたのだかわからない声を上げて、それから「よかったとね」と言った。

 
 

アパートに続く坂道の途中で、すらりと背の高い、美しい女の人とすれ違った。刺繍入りの春らしいブラウスに、私が被ったら冗談みたいに見えてしまいそうな、つばの広い女優帽を被っていた。

 
昔なら、振り返ってじっと眺めていたような気がする。けれど、いまはただ「綺麗な人だな」と思うだけだった。東京に住むようになってから数ヶ月で、雑誌からそのまま抜け出てきたような人たちと何度もすれ違ったから、そういうことにもあまり驚かなくなった。私はこうやって、少しずつこの街に慣れてゆくのだろうと思った。

 
 

アパートの下で鍵を探していたら、「あ!」と声をかけられた。
驚いて振り向くと、同世代くらいの女の人がにこにこと笑っている。

 
「新歓にいた子でしょう、私、三年生の……」
サークルの名前を挙げられて、ああ、と声が出た。その人はすぐ近くのアパートに住んでいて、私がいくつか歓迎会に行ったサークルのうちのひとつに所属しているようだった。

 
名前を呼ばれて、「どうして覚えてるんですか」と驚いてしまう。
「自己紹介が印象的だったから」と彼女は言った。

 
「『神社の多い、どこからでも海の見える島で育ちました』って言ったでしょう。あれ、いいなあって思ったんだよね。どこだっけ?」
壱岐っていう島です、長崎の、と答えながら、心臓が高鳴るのを感じた。

 
 
アパートの玄関の前で立ち話をし、連絡先を交換した。あらためてサークルの活動の見学に行くことを伝えると、彼女は笑って「やったあ」と言う。
手を振って坂道を下りてゆく彼女の後ろ姿を見送りながら、東京で初めて年上の友達ができた、と嬉しくなった。くすぐったい気持ちを抑えるように、早足でアパートの階段を上った。

【壱岐のあれこれ#14】

青い海と神社の島、壱岐。壱岐から東京に移住してきて、故郷が恋しいと感じられている方や、島外出身でも壱岐の食や文化を知ってみたいという方のために、東京にいながらにして“壱岐”を感じられるスポットをご紹介します。

それが、日本橋にある「日本橋 長崎館」。日本橋駅から徒歩一分の場所で、長崎にまつわる「観光案内」「物販」「イベント」「軽飲食」の四つを堪能することができます。物販ゾーンでは、壱岐のグルメや壱岐焼酎を含む、長崎県産品が一五〇〇品目も販売されています。

壱岐は、おいしい食が集まる場所として、東京でも少しずつ注目を集めつつあります。壱岐に限定した期間限定の物産展も徐々に開かれるようになり、今後の広がりが楽しみなところ。壱岐が恋しくなったときは、今回ご紹介したアンテナショップや物産展にも足を伸ばしてみてはいかがでしょう。

■日本橋 長崎館
所在地…東京都中央区日本橋2丁目1−3 アーバンネット日本橋二丁目ビル
営業時間…10:00~20:00 年中無休
https://www.nagasakikan.jp/

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新しい街、新しい部屋

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