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「野球では大事なときに肩を壊すし、僕はずっと運が悪いと思ってたんですけど、いま考えると、いや、めちゃめちゃ運いいじゃんって」
「パンプラス」店長の卓哉さんは、オープン時からこれまでを振り返ってそう言う。

オープンの日の朝、卓哉さんと妻の由加利さん、そして卓哉さんが前の会社から呼んだスタッフたちが目にしたのは、店が建つ坂道のはるか下まで続く行列だった。

「最初の日は百人くらい来てくれたらいいかな、でもそんなには来んかな……と思ってたんです。開店が九時だったんですが、実際には、その二時間前くらいから行列ができてしまって」

「嘘、ばり人おるやん、と思ったよね」と由加利さん。「壱岐は小さな島なので、新しいものが広まるのは本当に早くて。口コミでオープンを知ったお客さんがたくさん来てくださって、昼過ぎにはもう売り場にパンを並べられないくらいになっちゃったんですよね。嬉しい誤算だったんですが、並んだのにパンが買えなかったお客さんもたくさんいて。本当に申し訳なかったと思います」

 
パンは、寒い時期のほうがよく売れる。十二月頃がピークで、五月を過ぎると売り上げが下がり始める、というのが一般的なパン屋の一年だ。
しかし「パンプラス」では、六月の末頃までパンがよく売れる状態が続いた。当時、朝から晩までパンをつくり続けてくれた従業員には感謝してもしきれない、と卓哉さんは言う。

開店から約二年。常連客も増えてきたいまは、その声に応えつつ、毎月十点は新作のパンを出している。
特に人気が高いのは、『塩パン』と『壱岐牛カレーパン』だ。特に壱岐牛カレーパンは、島内外を問わずファンが多い。

「オープンした年に、長崎県壱岐振興局と壱岐市の主催で、壱岐の海産物を使ったファーストフードを考案するコンテストがあったんです。そこで考えた料理が、嬉しいことに二位に入賞して。入賞の特典として、島外への商品展開を後押ししてくれるというのがあったんですが、僕は入賞した料理ではなく、他のパンを出させてほしい、と交渉して(笑)。そこで、ずっと温めていた『壱岐牛カレーパン』を商品化したんです」

壱岐牛を丸ごと一頭買いしてつくっているというこのパンは瞬く間に人気商品となり、現在では壱岐島内だけでなく、東京で出張販売を行うことも増えた。「やっぱりそれも、運がよかったんだな、と思います」。卓哉さんは目を細める。

「パンプラス」の商品は、パンだけにとどまらない。ランチタイムには、壱岐牛のステーキや唐揚げ定食といった、地域の特産を活かしたメニューも出している。「“パン屋”という形にそこまでこだわりがないんです」と卓哉さんは話す。

「僕は自分のことをあんまり“パン屋”だと思っていなくて。野球少年ではあるんですけど」。少年じゃないでしょ、と由加利さんに笑われると、「食の提案者、というか。オールマイティープレイヤーになりたいと思っています。お客さんが満足してくれて、地域にも愛されたら、どんな形でもいい」とまっすぐな目で言う。

パン屋には珍しい、キッズルームを店内に作るというのも、子だくさんの二人のたっての希望だった。「お母さんたちがゆっくりパンを選んだり、コーヒーを飲みながらランチができる場所が島にあんまりなくて。ここがそういう場所になればいいと思ったんです」。五人目の子どもの出産をひかえている由加利さんは、そう話す。

最初は不安だった壱岐への移住も、いまとなってはとてもよかった、と夫婦は語る。「移住するにあたって子どもを転校させるのが不安だったんですが、いざ来てみたら、もう、すごくウェルカムでしたね。小学校じゅうの子どもが『誰が来たと?』って寄ってきてくれて、ヒーローみたいになって」。

「壱岐の人に『壱岐のよさってなんですか?』って聞くと、皆さん海だと言うんですよね。もちろん壱岐の海も自然も素晴らしいんですが、僕たちは移住してきた“外もん”なので、食の素材のよさこそ壱岐のよさだと感じていて。その魅力を島外の人たちに伝えるのに、うちはパンと食という視点で発信ができればいいな、と思っています」

商品を島外で展開し始めて、初めて気づいたことも多かったという。

「壱岐は小さな島だから、できないこともあるんじゃないか、と最初は思ってたんですが、実際は逆でしたね。島の外に出てみて、“壱岐”というブランドがいかにお店を後押ししてくれているかに気づいたんです。もし僕たちが福岡でパン屋を開いていたら、うまくいかなかったかもしれない。

だから僕は、壱岐への移住はもちろん、島外の人が壱岐で出店をするのもおすすめしたいですね。もちろん頑張り次第だけれど、島の外に出ていけば、壱岐というブランドは思っている以上に力になってくれる。地域の人もそうですし、僕たちも、移住して新しいチャレンジをしたい人のことは、全力で応援しますよ」

パン教室やマルシェのようなイベントも、積極的に開催している。今後の展望を聞くと、「従業員の満足度を上げ、雇用面でも島に貢献していきたい」と、彼ららしい答えが返ってきた。
地域に愛される“外もん”の夫婦は、これからも島に新しい風を吹き入れ続けるだろう。

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山の上の小さなパン屋――“外もん”の夫婦だから見えたこと【後編】

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