レストランで発泡ワインを注文しようとしたときに、メニューに書かれた「シャンパーニュ」と「スパークリングワイン」という文字を見て、このふたつの違いはいったいなんだろうと疑問に思ったことはないだろうか。
お酒好きの方には説明するまでもないが、「シャンパーニュ」(シャンパン)とはフランスのシャンパーニュ地方で造られるスパークリングワイン特有の呼び名だ。スパークリングワインが「シャンパーニュ」という名前を名乗るためには、シャンパーニュ地方の特定地域で特定のぶどう品種を用いて造られる必要があり、生産条件に関してもA.O.C.法というワインの法律によって厳しく規定されている。つまり、“カリフォルニア産のスパークリングワイン”はあっても、“カリフォルニア産のシャンパン”というものは存在しないのだ。
このように、“ある商品の品質や評価がその原産地に由来する場合、その商品の原産地を特定する表示をおこなうことができる”というルールを「地理的表示」と呼ぶ。前述したシャンパーニュのように、地理的表示を受けている酒類は生産地が限定されているだけでなく、その製造方法にも厳しいルールが課されていることが多い。
たとえば、スコッチウイスキーには「2009年スコッチ・ウイスキー規則」という、イギリスにおける法律上の定義が存在する。この規則では、熟成期間やアルコール度数、オーク樽の容量に至るまでがきっちりと定められている。
ウイスキー好きのあいだではスコッチと人気を二分する存在であるバーボンウイスキーにも、同様の規定がある。スコッチのように主原料やアルコール度数が厳しく定義されているのはもちろんとして、バーボンが特にユニークなのは、「内側を焼き焦がしたホワイトオーク製の新しい樽」に詰めて熟成をおこなうというルールが定められている点だ。
なぜ熟成の際に樽の内側を焦がすようになったかの由来には諸説があり、なかには“バーボンの生みの親である牧師の家で樽を置いていた小屋が火事になって樽がすっかり焦げてしまい、その風習が後世まで残ることとなった”という冗談のような話もある。真偽のほどはわからないが、結果的には“樽の内側を焦がす”という製法が、バーボン特有のキャラメルやバニラのような風味を生み出すキーになっているのだ。
そのように、さまざまなルールが課せられる酒類の“地理的表示”は、生産者にとっても愛飲者にとっても、そのお酒が一定の基準を満たした品質の高い商品であるという自負と信頼感を与える。
日本でも、焼酎では長崎県壱岐市(壱岐焼酎)、熊本県球磨郡及び人吉市(球磨焼酎)、沖縄県(琉球泡盛)、奄美市及び大島郡を除く鹿児島県(薩摩焼酎)の四地域、日本酒では石川県白山市や山形県などが地理的表示の産地指定を受けている。
壱岐焼酎の場合は壱岐島内で採水した水を用いること、球磨焼酎の場合は人吉地区もしくは球磨地区の地下水を用いること、薩摩焼酎の場合は原料のさつまいもが鹿児島県産であることなどがルールとして定められており、焼酎を通して、まさに“その土地ならではの味”を楽しむことができるのだ。
地理的表示のあるお酒を飲むときには、その製造方法や産地についてのエピソードも調べてみた上で味わうと、晩酌の時間がいつも以上に楽しく豊かになるかもしれない。
【壱岐のあれこれ#27】
コラムでも紹介されていたように、“地理的表示”を受けている酒類はその生産基準にさまざまなルールが課せられています。長崎県壱岐市の地理的表示を受けている「壱岐焼酎」の場合は、米麹と大麦の割合が一:二で、壱岐市内で採水した水のみを用い、壱岐市内で原料の発酵および蒸留・貯蔵をすることが義務づけられているのです。
ほかの地方の麦焼酎には大麦麹と大麦を原料とするものが多いなか、米麹と大麦のみを用いるという伝統的な製法が、壱岐焼酎の味の個性を引き出す大きな要因となっています。
また、上記の規定のなかで、特に壱岐焼酎の味の決め手となっているものが“水”。長崎県壱岐市は玄武岩層によって長い年月をかけて磨かれた豊かな地下水が流れる地域のため、ミネラルが豊富かつ清廉なその地下水を用いることが、壱岐焼酎のクリアかつキレのいい味わいを生み出しているのです。
(※参考文献……吉村宗之『うまいウイスキーの科学 熟成でおいしくなる理由は?仕込によって味はどう変わる?』)