壱岐は、古来多くの歌に詠まれてきた名所、「歌枕」として知られる島だ。万葉集には「由吉能之麻」とあり、以降の詩歌においても「ゆきの島」あるいは「ゆき島」として親しまれてきた。玄界灘を臨む景色に旅情を誘われ、思わず歌や俳句を詠みたくなる人が後を絶たなかったのだろうと想像する。
一方で四季折々のお酒もまた、古くからさまざまな歌や句に詠まれてきた。佐藤文香さんも、お酒にまつわる俳句をしばしば詠んでいる俳人のひとりだ。今回は大の“のんべえ”だという佐藤さんを壱岐日和編集部にお招きし、玄海酒造の壱岐焼酎を三種類味わっていただいた。また、試飲後には贅沢にも、壱岐焼酎の印象をもとに俳句を詠んでいただいた。
──佐藤さんの俳句にはお酒がよく登場する印象です。やはりお好きなのでしょうか。
たぶん、一年のうちほとんどの日は飲んでいます。そこまでお酒に強いわけではないのですが、ふだんは小さいサイズの生ビールからはじめて、日本酒やワインを飲むことが多いですね。
──お酒を飲みつつ俳句を詠まれる、ということもありますか?
あまり「俳句をつくろう」と考えながらお酒を飲むとまずくなるので(笑)、ふだんはお酒を飲むときは飲むだけですね。ただ、俳句の締め切りがもうすぐだ……と焦りながら最近あったできごとを思いかえしているうちに、いつの間にかお酒の俳句ばかりできていることは多いです。だからどちらかというと、記憶のなかのお酒を一生懸命詠んでいるというか。
これまで俳句に詠んできたお酒はビールや日本酒が多かったので、焼酎はあまり詠んだことがなかったかもしれません。今回は新しい挑戦になりそうです。
──きょうは玄海酒造の壱岐焼酎を三種類味わっていただければと思います。まずは『壱岐グリーン』。玄海酒造はロック、お湯割りを特におすすめしていますが、爽やかなのでどんな飲み方も合う一本です。
やさしい香りですね。一杯目ということもあるので、ソーダ割りで頂いてみてもいいですか?
これは本当に、ずっと飲めてしまう爽やかさですね。ふだんも長く飲みつづけたいときには焼酎のソーダ割りを選ぶことが多いのですが、壱岐グリーンはそんな気分のときに合いそうです。
──二種類目は『TUNACHU』。「マグロに合う焼酎」として開発された、玄海酒造の新しい焼酎です。ぜひマグロと一緒に召し上がってみてください。こちらも飲み方はお好みですが、どうされますか?
ではお湯割りでお願いします。……ああ、これはたしかにマグロのお刺身がとても合いますね。味も香りもすっきりしているので、ふだんより濃い目に割ってもいいのかもしれません。あたたかいとやっぱり落ち着きますね。居酒屋にいるような気分になってきました(笑)。
──お湯割りはまさに居酒屋で飲む際の定番だと思いますが、あまり俳句に詠まれている印象がないかもしれません。どうしてでしょう?
「焼酎」自体が、じつは夏の季語なんです。意外ですよね。暑気払いに喜ばれるからという理由らしいのですが。ちなみに「冷酒」や「生ビール」も夏の季語です。
──焼酎が夏の季語とは知らなかったです。焼酎を詠んだ俳人の句には、どのような俳句があるのでしょうか。
依田明倫さんという方の俳句に〈黍焼酎売れずば飲んで減らしけり〉というおもしろいものがありました。豪快ですよね、売れないなら飲んで減らしちゃえと。岡井省二は〈静なる闇焼酎にありにけり〉という句を詠んでいます。これはちょっと格好よすぎますが、焼酎の寡黙さをうまく表現している気がします。たぶん一人飲みです。
──同じ「焼酎」を詠んでいるのに対照的な俳句ですね。では最後、三種類目にお飲みいただくのが『壱岐スーパーゴールド22』。これはむぎ焼酎壱岐をホワイトオーク樽に貯蔵し、熟成させた焼酎です。
樽がきいているので香りがとてもいいですね。これはロックで飲みたいです。
美味しい。食後酒として、焼き菓子やドライフルーツと一緒にじっくり飲みたくなるような焼酎です。お酒のすこし入ったケーキなども合いそう。すっきりしているけれど、飲んでいるそばからいい香りが入ってきますね。
──じっくり飲みたい焼酎としてまさにファンの多い一本です。玄海酒造で実際に『壱岐スーパーゴールド22』を熟成させている部屋に入ると、ずらりと並んだ樽という樽から甘い香りが漂ってきます。
だんだん酔ってきました(笑)。いまのお話も伺って、『壱岐スーパーゴールド22』の印象から一句詠んでみました。
〈焼酎に樽の香ひびく素秋かな〉。「素秋」とは秋の異名です。さきほどお話ししたとおり焼酎自体は夏の季語ではあるのですが、秋のイメージで詠みたかったこともあり、「かな」という切れ字で季節を強調してみました。
──とても秋らしい句ですね。熟成樽の並ぶ景色が見えてくるようです。
樽のなかで熟成された年月や香りはもちろん、収穫を待つ稲の黄金色のような景色もどこか想起させられるのかなと。「香り」に対しては「馴染む」「移る」といった表現を使うことが多いと思うのですが、あえて「響く」という言葉を使って、じわじわと香りが広がっていくようなイメージで詠んでいます。
それからもう一句、〈大麦に酔ひて浜辺に溜る風〉。これは島の麦畑を通った風が酔ってしまって、浜辺でたむろしているような雰囲気を出してみました。「大麦」が夏の季語なので、夏の句になりますね。『壱岐グリーン』の爽やかな印象から詠んだ句です。……もう何句か作れそうなので、すこし時間を頂いてもいいでしょうか? 家でもじっくり飲んでみたいなと。
──もちろんです。お家でもいろいろな飲み方で壱岐焼酎を味わってみてください。
その後、晩酌のお供にセロリの浅漬けを買い、ご自宅であらためて三種類の壱岐焼酎を召し上がったという佐藤さん。合わせて四句の作品を詠んでいただいた。
焼酎に樽の香ひびく素秋かな
大麦に酔ひて浜辺に溜る風
長月のせろりを買うてゆきの島
行く秋や壱岐の湯割を曾良がため
(※「曾良」は松尾芭蕉の弟子であり、晩秋に壱岐で亡くなった俳人・河合曾良のこと)
【今回の焼酎】
本記事で佐藤さんに飲んでいただいた麦焼酎
・『壱岐グリーン』
・『TUNACHU』
・『壱岐スーパーゴールド22』